合意形成についての私的見解(本日の発表・質疑応答)

「合意形成って何ですか?」という質問をid:tetsuyasatoが受けて、後の方で話題になりましたが、「合意形成」って説明すしようとすると厄介ですね。「選挙は合意形成なのか」みたいな話で盛り上がっていました。

合意形成を考える

議論の便宜のため「ガバナンス論(講義)」では否定されていましたが「全員が同じ意思になること、全員が同じ感情になること」を含めて、また単に「合意形成の場に居合わせた」結果として決定を受け入れることも含めて〈広義の合意形成〉と呼ぶことにします。
ここでは思考実験として幾つかの事例を想定してその中から〈狭義の合意形成〉の要件を考えていきたいと思います。

事例A

星野「道路にゴミが落ちているよ」
加賀「本当だ」
星野「じゃあ、ゴミを拾おう」
加賀「僕も同じ気持ちだ」
星野「僕たち、合意したね」

事例B

星野「道路にゴミが落ちているよ」
加賀「本当だ」
星野「拾ってあげないとカラスが来て大変なことになっちゃう」
加賀「この町にはカラスなんていないよ」
星野「いや、いるよ。見たことがあるもの」
加賀「本当に? 信じられないなあ」
星野「だからゴミを拾いたいんだ」
加賀「むしろこんな所にゴミが落ちていることは僕の美学に反するんだ」
星野「じゃあ、ゴミを拾おう」
加賀「僕もそうするべきだと思う」
星野「僕たち、合意したね」

事例C

星野「道路にゴミが落ちているよ」
加賀「本当だ」
星野「拾ってあげないとカラスが来て大変なことになっちゃう」
加賀「でも僕たち急いでいるんだよ?」
星野「うん、そうなんだけど、放っておけないじゃないか」
加賀「困ったなあ」
星野「お願いだ、2人でやれば早く終わるんだ、協力してくれ」
加賀「うーん……」
星野「25分までに終わらせよう。もしできなかったら諦める。どう?」
加賀「分かったよ、ゴミを拾おう」
星野「僕たち、合意したね」

事例D

星野「道路にゴミが落ちているよ」
加賀「本当だ」
星野「拾ってあげないとカラスが来て大変なことになっちゃう」
加賀「でも僕たち急いでいるんだよ?」
星野「うん、そうなんだけど、放っておけないじゃないか」
加賀「困ったなあ」
星野「お願いだ、2人でやれば早く終わるんだ、協力してくれ」
加賀「いや、絶対間に合わないって」
星野「間に合うよ、きっと!」
加賀「しょうがないなあ、分かったよ」
星野「僕たち、合意したね」

事例E

星野「道路にゴミが落ちているよ」
加賀「本当だ」
星野「拾ってあげないとカラスが来て大変なことになっちゃう」
加賀「でも僕たち急いでいるんだよ?」
星野「うん、そうなんだけど、放っておけないじゃないか」
加賀「困ったなあ」
星野「お願いだ、2人でやれば早く終わるんだ、協力してくれ」
加賀「そう言われても……」
星野「バスに乗れば間に合う」
加賀「僕はお金がない」
星野「僕が出すよ」
加賀「そういう訳にはいかないよ」
星野「君はゴミを拾うのが嫌でそんな事を言っているんだろう」
加賀「何でそこまで言われなきゃいけないんだよ」
星野「だってそうだろ、そうでもなきゃ、ここまで反対しないだろう」
加賀「僕たちは急いでいるんだってさっきも言っただろう」
星野「そんなに重要なことかよ?」
加賀「ああ、重要だね」
星野「僕と君とは価値観が違うようだ。君一人だけ先に行けばいいだろう」
加賀「なるほど、それもそうだ。じゃあ僕一人だけ先に行かせてもらうよ」
星野「僕たち、合意したね」

事例F

星野「道路にゴミが落ちているよ」
加賀「本当だ」
星野「拾ってあげないとカラスが来て大変なことになっちゃう」
加賀「まさか拾おうって言い出すんじゃないだろうね?」
星野「そのまさかさ、拾おうよ」
加賀「嫌だよ、面倒くさいじゃないか」
星野「そういえば君、僕から100円借りてたよね?」
加賀「ぐ……」
星野「僕の頼みは断れないよな?」
加賀「ああ、はいはい、わかりましたよ……!」
星野「僕たち、合意したね」

事例G

星野「道路にゴミが落ちているよ」
星野「拾ってあげないとカラスが来て大変なことになっちゃう」
星野「よし、拾おうじゃないか」
星野「僕たち、合意したね」

事例から合意形成を考える

事例Aは「心が通い合っている」場合です。これも〈広義の合意形成〉ですが、〈議論〉が行われていません。
事例Bはゴミを拾う理由については食い違いがありますが、ゴミを拾うことに関してはお互いがそもそも同意しています。その上で合意形成だと言うわけです。
事例Cでは加賀はゴミを拾うことに難色を示していますが、星野の説得的な〈議論〉によって加賀の態度が変わります。説得を受けて加賀は納得します。
事例Dでは星野は〈議論〉による説得を試みますが、加賀に却下されます。しかし星野は理性に依存しない手段(「間に合うよ、きっと!」という気迫や情熱)によって加賀を説得し、加賀は妥協します。
事例Eではゴミを拾うことに関しては合意形成できませんでした。星野は加賀を〈議論〉によって説得しようとしますが、加賀は聞き入れません。結局、星野は二人でゴミを拾うことを諦め、加賀は二人で目的地に急ぐことを諦め、両者の態度がコミュニケーション前と変化します。そして互いに干渉しないことを合意するのです。
事例Fでは星野には債権者という地位が与えられています。つまり権力にものをいわせて(理性ではなく)加賀を説得?しようとしています。これに対して加賀は渋々、服従します。
事例Gでは星野が勝手に加賀が合意したとみなしています。会話文で見ると分かりやすいですが、加賀が一回も登場していませんね。

事例の評価

ガバナンス論の視点から見ると、事例A、事例E、事例F、事例Gは〈狭義の合意形成〉から排除します。理由は説明するまでもありませんが、事例Aでは「心が通じ合っている」ことが前提となっているため*1、事例Eでは「分かり合えないことを分かり合う」という変な構造になっていますが、「公の秩序を形成する」というガバナンス論の趣旨とは逆の性格を持った合意でしょう*2。事例Fは理性による説得・納得が存在せず、権力関係で説明できます。合意形成のためのコミュニケーションの中身はあまり問われません。事例Gは加賀にとって〈参加〉も〈包含〉もなく、合意形成が成立したと評価しづらい面があります。
事例Bは〈狭義の合意形成〉に含めるかどうか微妙なところですね……。

〈狭義の合意形成〉とは?

〈広義の合意形成〉のなかで、〈議論〉を含み、〈秩序形成〉を志向し、発案者の提案に対して参加者*3全員によって納得或いは妥協(これを仮に〈了解〉と呼びます)されたものを〈狭義の合意形成〉と呼んで構わないと思います。
また広い視野、長期的な視野に立って、〈秩序形成〉に支障を来さない〈了解〉である必要はあると思います。例えば後で文句がつくような〈了解〉は不完全な〈了解〉ということになります。結局誰も提案の趣旨を理解せず、実行の際に困ったことになるような〈了解〉も不完全な〈了解〉です。不完全な〈了解〉を含む合意形成は〈狭義の合意形成〉からは除かれます。

合意形成の考え方

実際のガバナンスには〈広義の合意形成〉がたくさんあります。ですから〈狭義の合意形成〉(理想の合意形成と呼んでもいいかもしれません)という概念を活用して、合意形成がうまくいったかどうかという基準でガバナンスを評価することができるでしょう。
勿論、↑で私が提案した〈狭義の合意形成〉は私個人の考え方に過ぎませんから、それぞれ自分自身で「望ましい合意形成とは何か」について考えてみると良いと思います。私に対する批判もどうぞ。
冒頭で「選挙は合意形成か」という話が出ていましたが、確かに選挙の一部分で合意形成と思われる説得的な議論が繰り広げられることもありますが、選挙自体、ルール(枠組み)に過ぎませんので、合意形成とは考えがたいです。その辺はid:tetsuyasatoの授業で……*4

メディエーター

最初のグループの議論の核心はメディエーターだったと思います(?)
合意形成のコーディネーター(ファシリテーターという場合もありますが*5)が中立的な立場で議論をうまく促進するという考え方ですね(事例Eのように喧嘩別れにならないように)。
しかしメディエーターが本当に中立的になれるのか、メディエーターはどうやって選ばれるのか、誰がメディエーターになるのかといった様々な問題を抱えていると考えます。

共通した前提を探る

2番目のグループは「先生側」と「親側」の二者の意見の共通項を見いだしたという点で良策でした。
メディエーターにとって平行する2つの議論を噛み合わせて合意を導くためには二者が互いに認めている前提や互いに共有している価値観から出発するのは非常に有効な手だてだからです。
先生の講評にもありましたが、「先生側」と「親側」を勝手に想定して「神の視点」に立っていたのが気になった点です。まぁ想像力は重要なのですが……。




合意形成って難しいですね。

*1:これはこれで背後に同調圧力などの問題がありそうですが

*2:ゆえに「ガバナンス=合意形成」という図式は崩れる

*3:例えば市民と言ったり、有権者と言ったりするわけですね。ここでは参加すべき人のこと。実際に参加すべき人が参加しているかどうかは「参加の問題」ですので

*4:やらないかも知れないけど

*5:厳密な違いはよく知りません