教科「情報」学習指導要領改訂について

新しい学習指導要領「生きる力」
久しぶりのエントリが旬じゃないvanyaです。
意見というより旧学習指導要領との比較のまとめみたいなものです。
パブリック・コメントに間に合いませんでしたが、折角纏めたので後悔公開します。



概要

 高等学校(中等教育学校後期課程、特別支援学校高等部)の普通教科「情報」(以下、教科「情報」)の学習指導要領が初めて改訂される。前回と同様に必履修の教科とされ、科目構成は「社会と情報」「情報の科学」の2科目(いずれも2単位)のうち高等学校入学生の活用経験、興味・関心の多様性を考慮して、生徒の実態に応じて*1 1科目以上を選択する。旧学習指導要領の「情報C」「情報B」にそれぞれ対応している。「情報A」は削除された形となったが、元々、「情報A」は「移行措置」のための科目とされていたようだった。

目標

(1) 情報及び情報技術を活用するための知識と技術を習得
(2) 情報に関する科学的な見方や考え方を養う
(3) 社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解
(4) 社会の情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度
 旧学習指導要領では(1)は「知識と技能の習得を通して」と記載されており、(1)は(2)以降に対して従属的な関係を持っていた。しかし、この度の改訂によって(1)は(2)以降と同等な目標に格上げされた。 *2
 情報教育の目標の3つの観点(情報活用能力の3つの観点)に照らしてみると、(1)は「情報活用の実践力」(以下、「実践力」)(2)は「情報の科学的な理解」(以下、「科学的な理解」)(3)(4)は「情報社会に参画する態度」(以下、「参画する態度」)に相当すると考えられる。
教科「情報」では特に「科学的な理解」と「参画する態度」に関する事項のうち特定の内容に重点を置いて科目設計されている(「情報教育調査研究協力者会議」)。*3 また「実践力」は教科「情報」でも育成を図るとしながらも、「総合的な学習の時間」において育成を図るものとされている。*4

「社会と情報」

(1) 情報の特徴と情報化が社会に及ぼす影響を理解
(2) 情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用して情報を収集、処理、表現するとともに効果的にコミュニケーションを行う能力を養い
(3) 情報社会に積極的に参画する態度を育てる
 まず旧学習指導要領の「情報のディジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解させ」という項目が削られ、「情報C」と比較して「科学的な理解」に関して比重が軽くなった印象を受ける。
 (1)では「情報の特徴」という項目が追加されており、具体的にはコンテンツ作成の実習を通じて学習していく。
 (2)では旧学習指導要領において「表現」や「コミュニケーション」は「コンピュータなどを効果的に活用する」ための条件に過ぎなかったが、「表現」、「コミュニケーション」を主たる目的に据え、「表現」だけでなく「収集」、「処理」にも光が当たった。要するに「コミュニケーション」と「コンピュータの活用」の主従関係が入れ替わったのだ。
 (3)では、かつて「情報社会に参画する上で望ましい態度を育てる」と表記してあった。「いかに参加すべきか」が問われていた以前とは打って変わって「参加すること」自体を目的としているのが特徴だ。
 信憑性、効率性、利便性に着目したコミュニケーション手段(主として情報通信ネットワーク)の理解や、それを活用した問題の分析や評価、ユーザビリティやガバナンスに着目した情報システムの分析や評価*5 、知的財産・個人情報保護を重視した情報モラル教育の強化が今回の改訂の特徴である。

「情報の科学」

(1) 情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解
(2) 情報と情報技術を問題の発見と解決に効果的に活用するための科学的な考え方を習得
(3) 情報社会の発展に主体的に寄与する能力と態度を育てる
 旧学習指導要領では「コンピュータにおける情報の表し方や処理の仕組み」を理解させることが記載されていたが、完全に削除された形となった。また内容(2)の「コンピュータの仕組みと働き」についてはその一部が(1)ア、(2)イに移行されるに留まり、基本的に軽視される方向となった。
 (1)については基本的に変わりないが、内容で「社会の情報化が人間や社会に果たす役割と及ぼす影響」について考えさせるとあり、単に社会だけでなく、人間に対する役割や影響を考えさせるようになっている。
 (2)は「科学的な理解」に関する記述だが、問題の解決だけでなく、新たに「問題の発見」という事項が追加された。
 (3)は完全に新しく追加された項目で、「参画する態度」に関連すると思われる。全体的に「参画する態度」に関連した内容が増えている。「社会と情報」と異なるのは「参画」ではなく「寄与」であるという点である。
 「科学的な理解」についてだが、かつて「情報C」で取り扱われていた情報通信ネットワークに関連した事項が「情報の科学」で扱われることとなった(「情報B」では「情報の科学的な理解」はコンピュータの仕組みを理解することはほぼ同義であったと言っても過言ではない)。これと同時に情報技術のあり方について「使いやすさ」が軽視され「安全性」が重視されたのも特徴と言えるだろう。
 また今回の改訂の重大な特徴としては問題の発見を含めた「問題解決」に重点が置かれていることが挙げられる。

全体的に

 「情報A」が削除され、同一学年での履修が原則となった。
授業全体に対する実習の割合に関する具体的な規定がなくなり、「全体を通して体験的な学習を重視し、実践的な能力と態度の育成を図ること」となった。
 「技術的な内容に深入りしないように留意すること」という「はどめ規定」が撤廃され、「学校において必要がある場合には、この事項(各科目の内容の取り扱い)にかかわらず指導することができる」とする、移行措置もなくなった。
 情報モラルに関しては「知的財産や個人情報の保護などの情報モラル」といった具合に具体的に例示されるようになった。


雑感

 特に目立った変更点を挙げる。
(1) 「情報A」がなくなった
(2) 全体的に「情報社会に参画する態度」が重視され「情報の科学的な理解」が軽視された
(3) セキュリティ(安全)、知財保護・個人情報保護が特に重視された
(4) 「社会と情報」ではコミュニケーションが特に重視された
(5) 「情報の科学」では問題解決が特に重視された。
 (1):「情報科教育学会第1回全国大会」(昨年6月)のパネルディスカッションの質疑応答で会場の女性(恐らく現役教師)から「不登校できた生徒がいる」「『情報A』がなくなる事に対して不安です」と率直に不安を述べている。これに対して「小中(学校)レベルの内容を3年間の中で組み込めば」よいといった意見や、「各学校設定科目 でお願いします」*6といった意見が出された 。*7かなり不安である。
 (2):専門教科との差別化を意識したせいだろうか。「国民必須の素養としての情報活用能力」として普通教科「情報」を位置づけたかったせいなのだろうか。「参画する態度」を育てるのは大変いいことだと思うが、参加自体が教育の目標になってしまう事には何やら抵抗を感じる。
 (3)(4):特に最近、必要性が叫ばれている事項だろう。(4)のコミュニケーションに関しては「ネットいじめ」などへの対応の意味もあるのだろう。
 (5)の登場によって「情報B」の方向性が大きく変わった。コンピュータについて学ぶ科目から問題解決について学ぶ科目に転換したのだ。以前から「何をやりたいのか明確でない」と思っていた科目だけに、少しは希望が持てるかもしれない(どのように教科書がつくられるのか気になる)。「問題解決」に関する学習項目は「社会と情報」においても取り扱われることになる。

*1: 永井克昇「学習指導要領について―教科「情報」の方向性―」『日本情報科教育学会誌』Vol.1,No.1、2008、p.14

*2:学習指導要領改訂のポイントによれば、「(4)活用の重視」として、「情報の収集、分析、表現や効果的なコミュニケーション及び問題解決に情報機器や情報通信ネットワークを活用する学習活動を重視」と書かれている。

*3:文部科学省『高等学校学習指導要領解説 情報編』、開隆堂、2005、p.14

*4:上掲、pp.19-20

*5:内容(4)イ「人間にとって利用しやすい情報システムの在り方、情報通信ネットワークを活用して様々な意見を提案し集約するための方法について考えさせる。」

*6:必履修とされる科目の他に学校独自に設定してよいとされる科目。専門教科「情報」における各科目だけでなく、学校オリジナルの科目も含まれる。当然「情報A」を設定しても構わない訳だが。

*7:参考資料はその時のメモ書き。